灰色に立ち枯れた潅木がそこかしこに残っている荒野の中を通っている一筋の道がある。
道の広さはさほど広くはない。馬が二頭並べばそれで精一杯というところだろう。
今はまもなく冬が終わり、華やかな春がもうそこまで来ている。だからだろうか、冬ならば雪や氷がカチカチに凍ってそれなりに歩きやすくなっているはずが、ところどころが既にどろどろとしたぬかるみになっていて旅をする馬の足元を汚し、その馬に乗ってやってくる旅人の顔にまで泥をかける始末なのだ。
今も、遥かコーンウォールから数百マイルの道のりをやってきた数騎の馬の足音が大地に響いてきたが、その馬に乗っている彼らも一様に泥が乾きこびりついた薄汚れた旅行用のクロークをからだに巻きつけて、このきつい旅をしのいでいる。春が間近だとはいえ、刺すように冷たい風が荒野を吹きすぎていく中を長時間騎馬で進むのは、慣れたものにとってもかなりつらい。
それでも目的地が近いとなれば、気も緩むというものだ。 先ほど最後のマイルストーンを越えた。となればもうそろそろ目当ての城壁も見えてくるだろう。
「やれやれ、もうすぐタナタスだ。こんな時期に行くよう命令する王もひどいもんだよ。もう少し待てば、このあたりだってゴースやヘザーの花が咲き乱れるようになるだろうから、余裕を持って行楽気分で行くことが出来るって言うのになぁ。ケイ殿下、どう思う?」
イダはぶつぶつと文句を言いながら、隣で馬を歩かせている男をちらりと見た。
彼は同行している者たちと同様に泥がところどころについたクロークをすっぽりと被っていてその表情を見せなかったが、その右手には愛馬の手綱を持ち、左手には無造作に腰に下げている剣の柄へと添えられていた。その態度は、いかにも余裕と威圧感を与えながら、どこか若さも垣間見せている。
彼の剣は、持ち主と同様に、質が高くいかにも精緻でありながら機能的なつくりをしていた。普段は彼の身を飾る装飾品のように見えながら、事があればあっという間に凶暴な武器となり、持ち主の意のままに敵を切り倒すだろうと思われた。
そして、左手の中指にはエメラルドが埋め込まれている印章付きの指輪がはめられていた。戦士にとっては不釣合いなもの。だがこれは彼の身分を示すものでもあった。
彼はイダの言葉をそのまま無視しようとしていたが、彼の視線の強さにあきらめて口を開いた。
「しかたがないでしょう。あの狸親父の国王は僕の身を、ドブリスという国を釣るエサだと勘違いしているようだ。相手が僕を生かして帰そうが殺して返そうが、痛くも痒くもないのでしょう。
もし向こうが僕を生かして帰すのなら僕にあの国の情報をたっぷりと手に入れて帰ってくることを望むのでしょうし、僕を殺したならそれをきっかけにしてあの国に侵略を開始するよい口実とする。
どちらに転んでも、得をするわけだ。だからこそ、春になる前のこの緊迫した時期に我々を派遣したのでしょう。春になれば軍事行動が始まるのですからね。僕が息子であろうと、容赦も遠慮もありはしない」
吐き捨てるように、青年は言った。
「おいおい。それが近衛隊の俺様たちに言うことばかぁ?」
「構わないでしょう?貴方たちはいずれ僕の指揮下に入る。僕の本音を知っておくべきだ」
イダのほうを向くと、彼、ケイ・トゥゲストは言った。
「はいはい・・・・・。殿下がご不満なのはよーく分かったって。おっと、お迎えが来たみたいだぜ」
タナタスから、数人の騎馬に乗った人たちが出迎えに近づいてきていた。色とりどりの豪奢な衣装を身にまとった彼らは、ケイたちの近くまで来るといっせいに馬を下りて頭を下げ、先触れの貴族が口を開いた。
「ようこそ、ドブリスの首都タナタスへ。ブリガンテスのケイ・トゥゲスト殿。この地に殿下をお迎えできることが出来て、光栄でございます」
ケイはその言葉に対してクロークの被り物を落として顔をあらわにし、うなずくことだけで答礼とした。そして視線だけで促すと、彼らがまた騎乗して城門への案内のために自分たちの前を進むことを許した。
一行は威儀を整え、長い縦列になってのろのろと城門へと進み、やがて古びた石作りの高い城壁が目の前へと迫ってきた。
城門の前には、出迎えの人たちが立っており、中央にはしきたりどおりに着飾った一人の美しい女性が杯を捧げて一行が到着するのを待ち構えていた。
彼女はこの役目で会うことになったのが思いもよらぬ美々しい騎士だったことを喜んでいるようだ。あわよくば恋のお相手をと期待し、目を止めてもらおうと考えているらしい。あからさまなほどにそわそわとし、ケイが近づくにつれてあちこち髪を直したり服の襞を気にしていじったりしながらこちらへと媚を溢れさせている。
圭が馬をおり、しきたりどおりに女性の前に立った。
「ようこそ、タナタスへ。この杯を飲み干して旅の疲れを癒して下さいませ」
女性がにこやかに声を張り上げ杯を捧げると、ケイは無表情で杯を受け取り、中になみなみと満たされていた蜜酒(ミード)を一気に飲み干した。
「ありがとう、旅の疲れは癒されました」
何の感情もこもっていないしきたりどおりの言葉で答えて杯を返すと、女性の秋波には目もくれず、そのまま再び騎乗し、城門の中へと消えていったのだった。
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